正しい社会とは

桐野夏生『日没』(岩波書店、2020年)★★★

過激な内容の小説を書いたということで、国家組織だという通称「ブンリン」に呼び出され、あれよあれよという間に囚われの身となったマッツ夢井。スマホは圏外、食事も限られているという劣悪環境の中、施設の所長の意に沿う作文をしたりしながら、何とか外に出ようと奮闘するが、事態はどんどん悪い方向へ進む。ここで死ぬしかないのかと諦めかけていた矢先、脱出の可能性が出てくる。

表現の自由に関する議論がことごとく噛み合わず、施設側の人間は「正しい作品」を書かねばならないと繰り返す。ヘイトスピーチと差別的表現や犯罪描写がある小説とは、何が違うのか。前者と後者は一見違うようだが、実は深く掘っていくと違いは相対化されるのではないか。マッツ側の言い分を正しいと思う一方で、いや小説家の意図せぬところでヘイトスピーチと通じてはいないだろうか、と考えてしまう。

さすがの文章力で、300ページがあっという間に終わってしまう。圧倒的な緊迫感のある小説でした。ただ、ラストが唐突で、もっと膨らましてほしかった(十分面白かったということが前提でのおねだり)。

日没

日没

  • 作者:桐野 夏生
  • 発売日: 2020/09/30
  • メディア: 単行本