2021-01-01から1年間の記事一覧

ゆめゆめ忘れるな。

小林泰三『アリス殺し』(東京創元社、2019年)★★ 現実における地上の人物が夢(不思議の国)の人物の「アーヴェタール」だとしたら? 不思議の国の殺人事件に伴って、現実の世界の人物も不可思議な死を迎える。 不思議の国の住人・アリスは連続殺人の容疑者…

スペードの意味

鮎川哲也『りら荘事件 増補版』(光文社、2020年)★★★★ 避暑にきた美大生達が、連続殺人に巻き込まれる。しかも、死体のそばには、盗まれたトランプのスペードが数字順に置かれている。警察が容疑者を拘束するも、新たな殺人が起こり、事態はますます混迷す…

さかさまの世界

竹本健治『新装版 匣の中の失楽』(講談社文庫、2015年)★★ 第4の奇書と呼ばれる本作、著者のデビュー作。 特に『虚無への供物』に近い印象だが、衒学的なところは『黒死館殺人事件』的な要素を感じる。現実と架空が混在するのは『ドグラマグラ』の影響か。 …

船上が戦場

ジョン・ディクスン・カー『盲目の理髪師』(東京創元社、2018年)★★★ ギデオン・フェル物の船上ミステリー。まずタイトルが素晴らしい。フィルム盗難、エメラルド象の盗難、女性遺体の消失が前半に次々と起こり、後半はドタバタ気味で解決に向かう。人物の…

鎖の謎

浜尾四郎『鉄鎖殺人事件』(河出文庫、2017年)★★★ 1933年に公刊された作品。質屋の主人が鎖で縛られた死体で発見され、その周りには切り刻まれた多くの西郷隆盛の肖像画が散らばっていた。 その後、次々と殺人(未遂1件)が起こり、語り手・小川の従妹であ…

クラシックを聴きながらミステリーを読む

青柳いづみこ『ショパンに飽きたら、ミステリー』(東京創元社、2000年)★★★ ピアニストでありドビュッシー研究家による、クラシック音楽が登場するミステリーを紹介するエッセイ。扱われるミステリー作品は玄人向けのものが多いので(『シンデレラの罠』、…

もっと映画が観たくなる

瀬戸川猛資『夢想の研究』(東京創元社、1999年)★★★★ 推理小説とSF小説、それらに関わる映画作品の評論集。 まず、とにかく映画についての綿密な読みに驚かされる。たとえば、「ロジャー・ラビット」を単なる実写とアニメの融合作品と捉えるのではなく、「…

動機が驚異

中井英夫『新装版 虚無への供物(下)』(講談社、2004年)★★★★★ 下巻も密室攻め。素人探偵たちが様々な推理を述べていくのも上巻と同じ。 しかし、下巻で一番注目すべきは、犯人の動機。『霧越邸殺人事件』でも動機の違和感があったが、『虚無への供物』の動…

密室!密室!

中井英夫『新装版 虚無への供物(上)』(講談社、2004年)★★★★ 『三大奇書』の1つであり、「アンチ・ミステリー」を狙って本書を執筆されたものだが、上巻は密室の連続で、むしろ本格の趣き。 洞爺丸水難事故で家族を失った氷沼家に、密室中の怪死事件が襲い…

証拠が少なすぎる

エリス・ピーターズ『死体が多すぎる』(光文社、2003年)★★ 原作は1979年。実際の歴史をベースに、修道士カドフェルが卑劣な殺人を調査しながら、時代に翻弄される若者たちを導いていく。 期待して読み始めたものの、どうもミステリー部分の展開が遅い。若…

壮絶なラスト

綾辻行人『霧越邸殺人事件 下〈完全改訂版〉』(角川書店、2014年)★★★★ 下巻も見立て殺人が起こり、解決パートへ。連続見立て殺人の意味や犯人の意図が明らかになる。 霧越邸の示す暗合に気づいた人は、早めに犯人がわかる仕掛けになっている。あるいは推理…

雪の降る日は殺人

綾辻行人『霧越邸殺人事件 上〈完全改訂版〉』(角川書店、2014年)★★★ 初出は1990年。著者曰く「プロット、ストーリー、エピソードには変更を加えないものとして、主に文章面での細やかな“最適化”に努め、完成度とリーダビリティの向上を図った」版。 雪深…

正しい社会とは

桐野夏生『日没』(岩波書店、2020年)★★★ 過激な内容の小説を書いたということで、国家組織だという通称「ブンリン」に呼び出され、あれよあれよという間に囚われの身となったマッツ夢井。スマホは圏外、食事も限られているという劣悪環境の中、施設の所長…

魅惑の密室

有栖川有栖『新装版 46番目の密室』(講談社、2009年)★★★★ 大学の助教授日村英夫と友人であり推理小説作家の有栖川有栖が活躍するシリーズの第1弾。日本のディクスン・カーと称される真壁聖一に呼ばれた推理作家、編集者たちがクリスマスを過ごす。白い雪が…

古書の海へようこそ

喜国雅彦『本棚探偵 最後の挨拶』(双葉社、2017年)★★★ 第68回日本推理作家協会賞〈評論その他部門〉受賞作で、本棚探偵シリーズ4作目。 楽しい古本蒐集エッセイだが、連載中に東日本大震災が起こり、大震災と本との関わりも考察されている。 この本の中の…

青春の血潮

有栖川有栖『月光ゲーム』(東京創元社、1994年)★★★★ 火山噴火によりキャンプ場に取り残された大学生たち。下山したくても下山できない状況の中で、連続殺人が起こる。クローズド・サークル、ダイイング・メッセージと本格物のポイントをしっかり押さえつつ…

息子は何処

藤田宜永「Y₁₀(ワイプラステン)の悲劇」『ハヤカワミステリマガジン』2020年7月号★ 画家である息子が住む高級マンションの部屋で、死体で発見された画商。行方不明の息子に嫌疑がかかる。現場に残るスクラブルの駒をたよりに、主人公は息子の無罪を証明する…

これぞ本格入門!

喜国雅彦・国樹由香『本格力』(講談社、2020年)★★★★ 『ROCKOMANGA!』でお馴染みの喜国先生とパートナーの国樹さんの共著。第17回本格ミステリ大賞(評論・研究部門)を受賞したものの文庫化。 「H-1グランプリ」が中心で、喜国先生の名作紹介エッセイ、国…

彼女の目に映ったものは

山田風太郎「眼中の悪魔」「虚像淫楽」『眼中の悪魔』(光文社、2001年)★★★ 1949年に日本探偵作家クラブ賞の短篇賞を受賞した2作品。 「眼中の悪魔」は恋人の珠江を趣味仲間の片倉に奪われた橘という人物による、手紙の形式で話が進んでいく。片倉の日記を…

怪しくなさ過ぎて、怪しい

F・W・クロフツ『クロイドン発12時30分』(東京創元社、2019年)★★★★ 倒叙物の傑作。経営不振に陥った会社を救うため、叔父の遺産を狙った殺人を計画するチャールズの側から、その心の動きとともに描く。フレンチ警部が資産家とその執事の殺人事件の謎に迫り…

初心者向けと見せかけて、中級者以上向け

藤原宰太郎・藤原遊子『改訂新版 真夜中のミステリー読本』(論創社、2019年)★★ ミステリー初心者向けの入門書あるいはブックガイドに見えて、実はミステリーファン向けの本。ネタバレ多数。個人的には乱歩の「火縄銃」とポーストの「ズームドルフ事件」の…

姉は宝石をどこに隠したか

高木彬光『神津恭介、犯罪の蔭に女あり』(光文社、2013年)★★ ド級の名作『刺青殺人事件』の著者・高木彬光の短編集。期待して読んだのだが、短編という性質のせいか、今一つ仕掛けに深みがない。1つ1つは明快な文章で書かれていてサクッと読めるのだが、読…

猫は悪くない

仁木悦子『猫は知っていた』(ポプラ社、2010年)★★★★ 1957年に発表された、江戸川乱歩賞受賞作。仁木雄太郎と妹の悦子が、下宿先の医院の家族の殺人と患者の失踪事件に挑む。筆致は軽妙でスイスイ読める。トリックはさすがに現代の推理小説の水準からすれば…

旅って、いいなぁ

アガサ・クリスティー『ナイルに死す』(早川書房、2020年)★★★★ クリスティーの旅行物の傑作。エジプト旅行の前半がわりとダルいが、船内で殺人が起きる後半のフリになる人物描写やポワロのセリフが含まれているので、読み飛ばさずに頑張って読み進められよ…

家族の物語

京極夏彦『塗仏の宴 宴の始末』(講談社、2003年)★★★★★ 『宴の支度』の後編。村の消失、怪しげな集団たち、旧作の登場人物が全て1つの筋に収束し、戦前の巨大な秘密にぶち当たる。おなじみのメンバーの挙動がおかしくなり、何を信頼すればわからない混乱の…