物語は紫煙の彼方に

小西マサテル『名探偵のままでいて』(宝島社、2023年)★★★★ 小学校教師・楓とレビー小体型認知症を患う祖父が物語の中心。楓が難事件や事件でない謎を持ち込み、祖父が自宅にいながら解決するという、安楽椅子モノ。連作なので、短編苦手な自分でも一気に読…

金田一耕助、大いにしゃべる

映像作品『獄門島』(2019年)長谷川博己ほか ★★★★ 元はNHKのBSプレミアムで放送された作品。 どうしても石坂浩二版と比較してしまうが、今作はストーリー自体は原作に忠実。 (「きちがい」など、特に真犯人) この作品の評価が分かれるのは、金田一耕助像…

傑作!傑作!

今村昌弘『兇人邸の殺人』(東京創元社、2021年)★★★★★ 斑目機関の研究に興味を示す会社の社長成島と秘書についていく比留子と葉村。傭兵とともにテーマパーク内にある建物に侵入するが、そこには片腕の怪物が待っていた。どうやら斑目機関の研究と関係して…

大学教授、大活躍

エドマンド・クリスピン『お楽しみの埋葬』(早川書房、1959年)★★★ 英文学専門の大学教授フェンが選挙運動のために地方に降り立つ。女性の毒殺、警官の刺殺、事故にあい入院している患者の殺人未遂と、次々事件が起きる。同時期に精神病院から患者が脱出し…

ハードボイルドはお好きですか?

紀蔚然『台北プライベートアイ』(文藝春秋、2021年)★★ 大学の職を辞した呉誠は、雑然とした街に潜り込み、私立探偵の看板を立てる。最初に来た素行調査の依頼を首尾よく終えたのは束の間、連続殺人事件が起こり、呉は被疑者として逮捕されてしまう。果たし…

4人、死ぬ。

今村昌弘『魔眼の匣の殺人』(創元社、2022年)★★★ 好見地区の里である真雁にそびえる魔眼の匣。前作で登場の剣崎比留子と葉村譲は班目機関の謎を追うため、同地を訪れる。匣には予言者・サキミがいるという。道中を共にした高校生2名(女学生の十色は起こ…

血は、こえられる。

伊坂幸太郎『重力ピエロ』(新潮社、2006年)★★★★ 私こと仙水(いずみ)と弟の春がメインキャラクター。春は、母親がレイプによって産まれた。二人は市内の連続放火を負うが、それと落書きに一定の関係があることに気づく。 サスペンス・推理要素より、兄弟…

洞窟の真実。

篠たまき『氷室の華』(朝日新聞出版、2021年)★★★ 夏休みに、氷室守をしていた父方の祖父の元に訪れた「ユウ坊」。彼は指の間の水かきに異常なほどの関心を抱き、その後の物語の進行も基本的に水かきが重要な意味を持つ。前半の人間模様の描写から、不穏な…

本質直観とは。

笠井潔『バイバイ、エンジェル』(創元社、1995年)★★ パリで起こる首切断死体、密室の爆発、森の中の死体など、連続事件。警察が攻めあぐねる中、日本人・矢吹駆が現象学の本質直観を用いて、真相に近づく。 …と書くと、典型的な本格物のようだが、いかんせ…

白い僧院を乗り越えて。

法月綸太郎『雪密室』(講談社、1992年)★★★ 美しい悪女が『月蝕荘』の離れで首を吊っているのが発見される。 しかも、発見者のもの以外、雪には足跡が残っていない。 捜査当局は自殺で事件を終了しようとするが、 休暇で訪れていた法月警視と息子の綸太郎は…

燃えるような、赤。

イーデン・フィルポッツ『赤毛のレドメイン家【新訳版】』(創元社、2019年)★★★ 乱歩が絶賛し、彼の『緑衣の鬼』の元になったといわれる1冊。 探偵役が入れ替わるのは、乱歩の『孤島の鬼』でもあるが、これも『赤毛』を元ネタにしているのだろうか?(『孤…

進めば極楽退かば地獄。

米澤穂信『黒牢城』(角川書店、2021年)★★★★ 時は戦国。織田を裏切った荒木村重は有岡城に籠城する。城内で起こる難事件(足跡が積雪に残らない殺人、凶相を示す首、四方を警護でかためられた庵内での殺人)を、村重が、捕らえた黒田官兵衛にヒントを与えら…

因果応報

フレッド・カサック「連鎖反応」『殺人交叉点』(創元社、2000年)★★ 「殺人交叉点」の後に収録されている中編。 婚約者ダニエルと妊娠させてしまった愛人モニクとの間で煩悶するするジルベール。 モニクに支払う養育費のため、ジルベールは昇給を望むがほと…

動かぬ証拠は右へ左へよく動く。

フレッド・カサック「殺人交叉点」『殺人交叉点』(創元社、2000年)★★★ 同書は表題作のほか、「連鎖反応」を収録。 有閑夫人のルユールが手懐ける美青年ボブと、彼の友人達がルユール夫人の周りで付き合ったり別れたりする中、ボブとヴィオレットは良い仲に…

乱歩も脱帽?

ジョン・ディクスン・カー『帽子収集狂事件』(創元社、2011年)★★ ロンドンで帽子が盗まれ、それが思わぬ場所に置かれる事件が繰り返される。サー・ウィリアム・ビットンもまた、帽子を盗まれた一人。しかも彼の帽子が、甥の死体の上で見つかった。サー・ウ…

変化球からの本格

今村昌弘『屍人荘の殺人』(東京創元社、2019年)★★★★ 第27回鮎川哲也賞、ほか受賞。 大学のサークルが夏休みを利用してペンションで合宿するというお約束の始り。さほど優秀な探偵役とは思えない明智とその後輩・葉村(語り手)は、構内で実際の事件に関係…

大鞠家の一族

芦辺拓『大鞠家殺人事件』(東京創元社、2021年)★★ 戦前、化粧品販売などで興隆した大鞠百薬館が、戦争の進展で衰退していく。その中で大鞠家3代に起こる、連続殺人事件。 第2章まで、大鞠家の物語を丁寧に描き、物語に没入しやすくしている。登場人物は丁…

ゆめゆめ忘れるな。

小林泰三『アリス殺し』(東京創元社、2019年)★★ 現実における地上の人物が夢(不思議の国)の人物の「アーヴェタール」だとしたら? 不思議の国の殺人事件に伴って、現実の世界の人物も不可思議な死を迎える。 不思議の国の住人・アリスは連続殺人の容疑者…

スペードの意味

鮎川哲也『りら荘事件 増補版』(光文社、2020年)★★★★ 避暑にきた美大生達が、連続殺人に巻き込まれる。しかも、死体のそばには、盗まれたトランプのスペードが数字順に置かれている。警察が容疑者を拘束するも、新たな殺人が起こり、事態はますます混迷す…

さかさまの世界

竹本健治『新装版 匣の中の失楽』(講談社文庫、2015年)★★ 第4の奇書と呼ばれる本作、著者のデビュー作。 特に『虚無への供物』に近い印象だが、衒学的なところは『黒死館殺人事件』的な要素を感じる。現実と架空が混在するのは『ドグラマグラ』の影響か。 …

船上が戦場

ジョン・ディクスン・カー『盲目の理髪師』(東京創元社、2018年)★★★ ギデオン・フェル物の船上ミステリー。まずタイトルが素晴らしい。フィルム盗難、エメラルド象の盗難、女性遺体の消失が前半に次々と起こり、後半はドタバタ気味で解決に向かう。人物の…

鎖の謎

浜尾四郎『鉄鎖殺人事件』(河出文庫、2017年)★★★ 1933年に公刊された作品。質屋の主人が鎖で縛られた死体で発見され、その周りには切り刻まれた多くの西郷隆盛の肖像画が散らばっていた。 その後、次々と殺人(未遂1件)が起こり、語り手・小川の従妹であ…

クラシックを聴きながらミステリーを読む

青柳いづみこ『ショパンに飽きたら、ミステリー』(東京創元社、2000年)★★★ ピアニストでありドビュッシー研究家による、クラシック音楽が登場するミステリーを紹介するエッセイ。扱われるミステリー作品は玄人向けのものが多いので(『シンデレラの罠』、…

もっと映画が観たくなる

瀬戸川猛資『夢想の研究』(東京創元社、1999年)★★★★ 推理小説とSF小説、それらに関わる映画作品の評論集。 まず、とにかく映画についての綿密な読みに驚かされる。たとえば、「ロジャー・ラビット」を単なる実写とアニメの融合作品と捉えるのではなく、「…

動機が驚異

中井英夫『新装版 虚無への供物(下)』(講談社、2004年)★★★★★ 下巻も密室攻め。素人探偵たちが様々な推理を述べていくのも上巻と同じ。 しかし、下巻で一番注目すべきは、犯人の動機。『霧越邸殺人事件』でも動機の違和感があったが、『虚無への供物』の動…

密室!密室!

中井英夫『新装版 虚無への供物(上)』(講談社、2004年)★★★★ 『三大奇書』の1つであり、「アンチ・ミステリー」を狙って本書を執筆されたものだが、上巻は密室の連続で、むしろ本格の趣き。 洞爺丸水難事故で家族を失った氷沼家に、密室中の怪死事件が襲い…

証拠が少なすぎる

エリス・ピーターズ『死体が多すぎる』(光文社、2003年)★★ 原作は1979年。実際の歴史をベースに、修道士カドフェルが卑劣な殺人を調査しながら、時代に翻弄される若者たちを導いていく。 期待して読み始めたものの、どうもミステリー部分の展開が遅い。若…

壮絶なラスト

綾辻行人『霧越邸殺人事件 下〈完全改訂版〉』(角川書店、2014年)★★★★ 下巻も見立て殺人が起こり、解決パートへ。連続見立て殺人の意味や犯人の意図が明らかになる。 霧越邸の示す暗合に気づいた人は、早めに犯人がわかる仕掛けになっている。あるいは推理…

雪の降る日は殺人

綾辻行人『霧越邸殺人事件 上〈完全改訂版〉』(角川書店、2014年)★★★ 初出は1990年。著者曰く「プロット、ストーリー、エピソードには変更を加えないものとして、主に文章面での細やかな“最適化”に努め、完成度とリーダビリティの向上を図った」版。 雪深…

正しい社会とは

桐野夏生『日没』(岩波書店、2020年)★★★ 過激な内容の小説を書いたということで、国家組織だという通称「ブンリン」に呼び出され、あれよあれよという間に囚われの身となったマッツ夢井。スマホは圏外、食事も限られているという劣悪環境の中、施設の所長…