乱歩も脱帽?

ジョン・ディクスン・カー『帽子収集狂事件』(創元社、2011年)★★

ロンドンで帽子が盗まれ、それが思わぬ場所に置かれる事件が繰り返される。サー・ウィリアム・ビットンもまた、帽子を盗まれた一人。しかも彼の帽子が、甥の死体の上で見つかった。サー・ウィリアムが見つけたポオの未発表原稿の盗難も発生している中、フェル博士が動き出す。

解説を読むと、この作品を乱歩が激賞していたらしいが、イマイチよくわからない。解説を書いた人も、自分ではそうしないが、乱歩がカー作品のベストにあげた理由はわかったと書いている。事件解決の伏線はあるにはあるのだが、これなら『皇帝のかぎ煙草入れ』などの方が、よほどスッキリしている。乱歩は他に『夜歩く』にも好意的だが、これなら横溝正史の同名作品の方がはるかに驚きがある(乱歩のカー作品の論評より前に横溝作は出ていたはず)。

今まで読んだ中では、カーの『ユダの窓』、『黒死荘』や『白い僧院』が良い出来だと思うのだが、それはどうやら自分はヘンリ・メリヴェール物が好きなせいかもしれない。

 

 

変化球からの本格

 

今村昌弘『屍人荘の殺人』(東京創元社、2019年)★★★★

第27回鮎川哲也賞、ほか受賞。

大学のサークルが夏休みを利用してペンションで合宿するというお約束の始り。さほど優秀な探偵役とは思えない明智とその後輩・葉村(語り手)は、構内で実際の事件に関係する美人の剣崎と知り合い、映研・演劇部の合宿に潜り込むことに。

始まって三分の一は人物紹介と舞台設定に費やされる。ここまでは「クローズド・サークルものではないのかな」と思わせるが、肝試しを始めたところで、本物のゾンビ(!)の大群に建物を包囲され、生き残った学生と管理人は籠城することになる。そのような非常事態の中で、次々と殺人が怒る。

ゾンビが出てきたところで、ちょっと怪しい感じがして読むスピードが落ちたのだが、その後は王道のミステリーになっている。ただ気になったのは、ゾンビの包囲を利用したした連続殺人なのだが、もしこのような状態に陥らなかったら、真犯人はどのように殺人を行おうとしていたか、ちょっと気になる(睡眠薬を用意しているのだが、ゾンビに包囲されていない状況で、どのようにそれを使って全ての殺人を遂げるつもりだったか、不明)。

 

 

大鞠家の一族

芦辺拓『大鞠家殺人事件』(東京創元社、2021年)★★

戦前、化粧品販売などで興隆した大鞠百薬館が、戦争の進展で衰退していく。その中で大鞠家3代に起こる、連続殺人事件。

第2章まで、大鞠家の物語を丁寧に描き、物語に没入しやすくしている。登場人物は丁稚も含めて、丁寧に書き分けられており、人間関係を了解してから、謎解きパートに入っていける。

ただ、殺人方法が技巧的すぎるきらいがある。殺され方が意味を持つでもなく、ただ残酷さが若干際立っているくらい。そして大きな問題でもあるのが、伏線回収の弱さ。元々が連載物ということが影響しているのかもしれないが、こちらで補完しないと物語が収まらない。

長編本格物として及第点は出しているものの、名作には一歩及ばず。

 

ゆめゆめ忘れるな。

小林泰三『アリス殺し』(東京創元社、2019年)★★

現実における地上の人物が夢(不思議の国)の人物の「アーヴェタール」だとしたら?

不思議の国の殺人事件に伴って、現実の世界の人物も不可思議な死を迎える。

不思議の国の住人・アリスは連続殺人の容疑者とされる。栗栖川亜理は地上で捜査を始めるが、地上でも不思議の国でも行動を共にしていた友人も死を遂げる。

 

どの人物が不思議の国の「アーヴァタ-ル」か確定しないまま、不思議の国の殺人と地上の連続死が続く。最後に誰がどの「アーヴァタール」だったかが、犯人確定の肝になるのだが、死にゆく蜥蜴のビルと同じく瀕死のアリスが証拠を残すためにした行動が、謎解きに決定打になっている。

不思議の世界と地上を行き来する記述は、村上春樹『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』を思い出す。

衝撃的なのは「アーヴァタール」と地上の人物の特定ではなく、最後の2ぺージ。この小説はこのどんでん返しゆえに、格別後味の悪い作品になっているのではないか。

 

スペードの意味

鮎川哲也『りら荘事件 増補版』(光文社、2020年)★★★★

避暑にきた美大生達が、連続殺人に巻き込まれる。しかも、死体のそばには、盗まれたトランプのスペードが数字順に置かれている。警察が容疑者を拘束するも、新たな殺人が起こり、事態はますます混迷する中、名探偵・星影竜三が登場する。

登場人物は多くなく、人間関係は見えやすい。細かい所に伏線が張り巡らされており、読み応えは十分。

「プレりら荘」と(出版社が)言う「呪縛再現」はどちらかと言うと、傑作『黒いトランク』(個人的には松本清張『点と線』よりレベルは高いと思う)に近いアリバイ崩し。人物の配置や舞台設定は「りら荘」のプロトタイプだが、真犯人は同じではないので、こちらはこちらで楽しめる。

 

 

さかさまの世界

竹本健治『新装版 匣の中の失楽』(講談社文庫、2015年)★★

 

第4の奇書と呼ばれる本作、著者のデビュー作。

特に『虚無への供物』に近い印象だが、衒学的なところは『黒死館殺人事件』的な要素を感じる。現実と架空が混在するのは『ドグラマグラ』の影響か。

 

ミステリー好きの集まり「ファミリー」の曳間が殺される。しかもナイルズという綽名の少年が書いた実名小説『いかにして密室はつくられたか』の筋書き通りに。

次々と「ファミリー」が殺される中、驚くべき犯人像が描かれる。

ただ、動機が弱い気がする。

小説内小説の架空の世界と現実が入り混じるので、注意深く読まねばならない。

 

本編自体は、いわゆる3大奇書に並べられる水準ではないが、読む価値はある。

むしろ、収録された短いサイドストーリーの方が興味深い(本編のからくりの始末をつける形?)。

 

船上が戦場

ジョン・ディクスン・カー『盲目の理髪師』(東京創元社、2018年)★★★

ギデオン・フェル物の船上ミステリー。まずタイトルが素晴らしい。フィルム盗難、エメラルド象の盗難、女性遺体の消失が前半に次々と起こり、後半はドタバタ気味で解決に向かう。人物の書き分けはよく出来ているし、スピード感あり。ただし、殺人の動機がありきたりで、それに気が付くと犯人が途中でわかってしまう恐れあり。