白い僧院を乗り越えて。
美しい悪女が『月蝕荘』の離れで首を吊っているのが発見される。
しかも、発見者のもの以外、雪には足跡が残っていない。
捜査当局は自殺で事件を終了しようとするが、
休暇で訪れていた法月警視と息子の綸太郎はこれを他殺と見て、
推理していく。
当然読者はカーター・ディクスン(カー)の『白い僧院の殺人』を連想するし、作者自身も冒頭で「白い僧院はいかに改築されたか?」と書いている。
アリバイ崩しと密室の謎を同時に解き明かす箇所は上出来!
しかし、丁寧に彫琢した人物像のせいで、また、アリバイが強固なのが逆に怪しいというお約束のせいで、途中で犯人に気づくかもしれない。
それでも、密室殺人のトリックは『白い僧院』より良いと言えると思う。
燃えるような、赤。
イーデン・フィルポッツ『赤毛のレドメイン家【新訳版】』(創元社、2019年)★★★
乱歩が絶賛し、彼の『緑衣の鬼』の元になったといわれる1冊。
探偵役が入れ替わるのは、乱歩の『孤島の鬼』でもあるが、これも『赤毛』を元ネタにしているのだろうか?(『孤島の鬼』は『赤毛』の後に連載開始)
マーク・ブレンドンが人妻ジェニーに一目ぼれすることから物語は始まる。ジェニーの叔父ロバート・レドメインがジェニーの夫マイケルを殺して逃亡したと思える事件が発生。その後、ベンディゴー、アルバートも死んでいく。ロバートは兄弟にを手にかける殺人鬼なのか。ブレンドンの捜査が行き詰まる中、ピーター・ギャンズ の登場で事態は急展開する。
乱歩が絶賛するのは、当時の推理小説の水準でのことであって、現在でそれが当てはまるかは疑問かもしれない。乱歩が存命の間でも、日本人著者の作品は、『赤毛』を凌駕するものが少なくない。あくまで推理小説史の古典として読まれる作品。
進めば極楽退かば地獄。
時は戦国。織田を裏切った荒木村重は有岡城に籠城する。城内で起こる難事件(足跡が積雪に残らない殺人、凶相を示す首、四方を警護でかためられた庵内での殺人)を、村重が、捕らえた黒田官兵衛にヒントを与えられつつ、解決していく。それと並行して、有岡城の士気がだんだん落ちていき、村重への信頼が失われていく。大将としての村重は、毛利からの救援が来ない中、官兵衛の智略に従い、起死回生の行動に・・・。
1章から3章までは別個の事件が起こり、解決に至る。しかし4章にそれらの背後にいた真犯人が明らかになる。
文章には隙がなく、グイグイ読ませる。事件の進行と有岡城の様子がリンクしていて、戦国時代という設定が活かされている。
ただ、真犯人が意外かと言うと、そうでもない(第2章あたりで、謎解き前にナントナクわかってしまう)。そのような弱点はあるとしても、ミステリーファンには必読の1冊。
動かぬ証拠は右へ左へよく動く。
フレッド・カサック「殺人交叉点」『殺人交叉点』(創元社、2000年)★★★
同書は表題作のほか、「連鎖反応」を収録。
有閑夫人のルユールが手懐ける美青年ボブと、彼の友人達がルユール夫人の周りで付き合ったり別れたりする中、ボブとヴィオレットは良い仲に。しかし二人は、ルユール夫人の家の庭で殺されてしまう。二人が互いを殺し合ったという結論で捜査は終わるが、時効目前に真犯人が映り込んだ証拠を、ある男が見つける。男はボブ殺害の真犯人を捕縛したい夫人と時効で逃げ切りたい真犯人それぞれに、現金を要求し、高い値をつけた方に証拠を引き渡すと言う。
倒叙物で、二人の人物(夫人と若者サークルの一人で、殺人犯)が交互の視点で、ボブとヴィオレットの事件に言及していく。と、読者に犯人を始めから明らかにしていると思いきや、最後に大どんでん返しが待っている。文体は引き締まっており、無駄な装飾がない。
この手の記述トリックはたとえば、円居挽『丸太町ルヴォワール』に通じるところがある。